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冲方丁のマンガ1~ピルグリム・イェーガー~

コミカライズではなく、オリジナルの原作を冲方丁が制作した漫画は現時点では『ピルグリム・イェーガー』と『シュヴァリエ』の2作品である。

『ピルグリム・イェーガー』はヤングキングアワーズにて伊藤真美が作画を担当して連載された。6巻にて第1部終了。冲方丁のマンガ1~ピルグリム・イェーガー~_e0128729_2257429.jpg


2003年に『マルドゥック・スクランブル』で日本SF大賞を受賞し、作家として人気を獲得していくこととなった冲方丁であるが、『ピルグリム・イェーガー』の連載開始時点では、初期の長編『ばいばい、アース』が発売されていたくらいであり、おそらく作家としてはほぼ無名だったはずである。(現在は文庫で容易に入手できる『ばいばい、アース』も当時は特殊な形態で発売されたため、極めて入手困難だった)
しかしながら、この時点で既に、細部にこだわる、熱いシナリオの作り方はほぼ完成されていたようで、伊藤真美の作画と相まって半端ない面白さをもつ作品となっている。


物語は、宗教改革前夜のイタリアを舞台に、免罪符を求めて旅をする異能の芸人アデールとカーリンが、ローマ焼却を目論む“七人の大罪者”と、それを阻止しようとする“三本の釘”および“三本の釘”の手駒たる“三十枚の銀貨”の戦いに巻き込まれていく話である。

なお、“三十枚の銀貨”の中には、イエズス会のフランシスコ・ザビエルやイグナティウス・デ・ロヨラや芸術家のミケランジェロといった実在の人物も含まれている。
とはいっても、ザビエルは美少年、ロヨラは蹴技使い、ミケランジェロは怪力マンと特殊なキャラ設定がなされているのだが。


この作品のなりよりの面白さは、当時の複雑な社会情勢を緻密な考察をもとに再現した世界観の中で、登場人物がほぼ全員、別の思惑をもって行動していることである。
まったく別々の目標をもって集う人々は、それゆえに疑心暗鬼に陥ったり、それを超えて絆を手に入れていったりしてる。
また、後の『マルドゥック・ヴェロシティ』につながるような、異能力者同士の壮絶なバトルも大いに魅力的である。

キリスト教が腐敗していく中で、信仰と人間の尊厳の在り方が話の重要なテーマとして何度も提示されており、教会も権威も関係なく、ただ純粋な信仰に生きるアデールと、権威を恐れ、人間としての弱さをもつカーリンはその対になる象徴であったと考えられる。冲方丁のマンガ1~ピルグリム・イェーガー~_e0128729_22595938.jpg


原作だけでなく作画を担当した伊藤真美も超絶な作画能力をフルに稼働。
伊藤先生の他作品を読んだことない(というか、本格的な連載はほとんどしていない)が、構図やコマ割りにめちゃめちゃこだわる人のようで、ダイナミックな演出はとても素晴らしいと思う。
敵も味方も聖書の言葉を引用しながら戦う重苦しい雰囲気の表現が上手い。

この作品のおかげで、「汝、今宵の鶏鳴を待たずして、三度我を否むべし」という聖書の一節を覚えた。確実に誤った印象の下での知識だし、いったいいつ使うつもりなのかという知識ではあるけど。


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聖書の言葉や、タロットカードからつけられた“三十枚の銀貨”のコードネーム、多数の登場人物と、複雑なヨーロッパの政治情勢と、理解しやすい漫画ではないが、はまる人は相当はまり込む魅力に溢れた作品である。
立ち読みとかより、家でじっくり読むことをおススメしたいですね。

6巻で第一部終了後、2年超連載がとまったままである。
冲方丁は現在雑誌「野生時代」で『天地明察』を連載中な上に、今年『マルドゥック』シリーズ最終章および『シュピーゲル』シリーズの最終章の開始を予告しており、09年中の再開は厳しいような気もするが、そろそろ続きをやってほしいものである。伊藤先生の仕事の都合もあるだろうし、できるときに是非!

なんせ、第一部では、“三十枚の銀貨”のうち半数はまだ未登場だし、“七人の大罪者”にいたっては、まだ1人しかでていないオープニングが終わったばかりなのだから!

by dentaku_no_uta | 2009-02-10 11:43 | 冲方丁